ちゃり旅新聞 第七十一号 『どなん・観光編』
Sunday, January 1, 2006, 06:49 PM - ちゃり旅新聞 71号~80号
2005年11月9日~12月15日 ※写真の☆付きは、友人の西川さんが撮影石垣島からフェリーで約4時間。石垣島より台湾の方が近い、日本最西端の島
『与那国島』に着いた。天気は快晴。Tシャツなのだが、汗が噴き出してくる。
与那国島はキャンプ禁止の島なので、宿に予約を入れてある。
宿と言っても、持参したテントで泊まれる夢のような?宿だ。
宿にテントを張り、初日はのんびり。二日目から本格的に観光開始だ。
まず最初に向かったのは、民族資料館。
入館料がたった100円で、おばあちゃんの丁寧な説明付き。お得だ。
↑民族資料館 ↑民族資料館
続いて島の東へ走る。天気が良く、走りやすいが汗が噴き出してくる。ほんとに11月なのか?
真っ青な空に真っ白な風車がとてもキレイだ。
↑風力発電 ↑☆東崎からの景色
島の東端をまわり、南側を西へと進む。アップダウンが多い道を進むと、奇岩が連続で見られる。
まずは軍艦岩。見たままの形、軍艦のようだ。そしてその先には立神岩。
伊豆大島で見た筆島を思い出した・・・。
↑軍艦岩 ↑立神岩
島の南側、後半はとても気持ちのいい道だ。南牧場線というその道は、
牛や馬が放し飼い。というかその道が牧場の一部。
という訳で、牛君馬君の落し物(フン)がたくさんある。
↑南牧場線を目指して ↑南牧場線
そしてようやく日本の最西端へやって来た。最西端の碑に腰をかけ、一休み。
夕方になり、少しずつ観光客が集まってきた。日本で最後に沈む夕日を見るためだ。
雲が多く、台湾の影を見ることは出来なかったが、夕日はキレイだった。
↑日本最西端の碑 ↑日本で最後に沈む夕日
『どなん』とは、与那国島の事です・・・。
次号は 『どなん・観光編2』 を掲載する予定です
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( 3 / 488 )ちゃり旅新聞 第七十二号 『どなん・観光編2』
Tuesday, January 3, 2006, 02:36 PM - ちゃり旅新聞 71号~80号
2005年11月9日~12月15日 ※写真の☆付きは、友人の西川さんが撮影与那国に着いてから、幸運な事に色々なイベントがあった。獅子舞が大活躍の節祭り。
夕方から始まり、男たちの豪快な太鼓の音に合わせて獅子舞が踊る。
賑やかで、なおかつ見ていて楽しい祭りだ。
↑節祭り ↑節祭り
続いて自衛隊のイベント。自衛隊が与那国島に来て、希望者はヘリコプターに乗れるというもの。
もちろん希望し、乗せてもらった。ヘリコプターで与那国島を一周。ヘリ初体験でした。
↑自衛隊のヘリコプター ↑空から見た与那国島
ヘリコプターから降りて広場へ戻ると、闘牛が始まっていた。
大きな闘牛が闘技場の中で激しくぶつかり合う。迫力満点!
ヘリコプター試乗も闘牛観戦もタダなんてとてもありがたい。
↑☆闘いの場へ向かう牛 ↑闘牛
与那国島はドラマ『Dr.コトー診療所』のロケがあった島。役場の観光課に連絡すると、
診療所の中に入れるのだ。同じ宿に泊まっている人たちと一緒に見に行ったのだが、
ドラマを見ていなかったので、感動とかはなかった・・・。帰ったらビデオレンタルしよう。
↑Dr.コトー診療所 ↑☆Dr.コトー診療所
島の南に位置する比川の集落では、3年に一度の文化祭が行われた。
これまた宿のみんなで見に行った。色々な展示物があったり、
地元小中学生による演舞などなど、見所はたくさんあった。
↑与那国町民文化祭 ↑与那国町民文化祭
次号は 『どなん・地球遊人編』 を掲載する予定です
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( 3 / 474 )ちゃり旅新聞 第七十三号 『どなん・地球遊人編』
Wednesday, January 4, 2006, 11:41 AM - ちゃり旅新聞 71号~80号
2005年11月9日~12月15日 ※写真の☆付きは、友人の西川さんが撮影なんだかんだで与那国島には一ヶ月以上も滞在していた。その間泊まっていた民宿、
『どなん地球遊人』はいい宿だ。長期滞在だったのだが、持参のテントならば一泊500円。
それでいてシャワー・キッチン・洗濯機などが自由に使える。
そしてなんと言っても毎週火曜日には宿のお父さん手作りの鍋!
飲食店を経営しているだけあって、味は美味すぎる!!
四匹も猫がいたり、元気のいい男の子がいたり、とても楽しいアットホームな宿だ。
↑☆庭に並ぶ旅人のテント ↑宿に泊まっている人達
民宿の男の子の名前は『太陽』。すごい名前だ。とても元気が良く、いつも走りまわっている。
まさに太陽という名前が良く合う男の子だ。
↑民宿の男の子、太陽君 ↑庭で焼き芋 ↑毎週火曜日の鍋
民宿のお母さんはサンシンがすごく上手。夜にはみんなに聴かせてくれることも。
猫が四匹もいて、猫好きの人にはたまらない。名前は、母猫がメロ。子供がチーズ、リン、ぎだゆう。
↑サンシンを弾くお母さん ↑民宿の猫たち
旅人が多く集まるこの宿。我々の他にも日本一周のチャリダーやライダーがたくさんいた。
もちろん旅人以外にも、仕事休みを利用して旅行に来る人もたくさん。とにかく賑やかだ。
↑左から、金ちゃん・西川さん・高波さん ↑船の見送りでダイブしてくれました
↑夕飯の後ものんびり ↑見送られる人
民宿のお父さんが経営している飲食店『どんぐりと山猫』はメニューが300種もあるという、
すごいお店だ。しかもどれも美味いし、ボリューム満点!
さらに民宿に泊まっている人には一品サービスなのだからありがたいです。
↑☆どんぐりと山猫の店内 ↑やまねこラーメン
次号は 『どなん・バイト編~小倉の場合』 を掲載する予定です
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( 3.1 / 474 )ちゃり旅新聞 第七十四号 『どなん・バイト編~小倉の場合』
Wednesday, January 4, 2006, 12:37 PM - ちゃり旅新聞 71号~80号
2005年11月9日~12月15日さて、与那国島に一ヶ月滞在した理由だが、アルバイトをしていたというのが一番の理由。
内容は防風林を植える仕事。民宿から20分ほど自転車で走った所に現場がある。
将来、防風林として活躍してくれるであろう木の苗を数千本植えていくのが今回の仕事だ。
長細い畑のまわりに柵を作り、中には防草シートを敷き、苗木を植えていく。
↑まずは外側の柵を組む ↑防草シートを敷く
苗木を植えるための穴は、穴堀機があるのでそれを使う。しかしこれが重くて腕が痛くなる。
数千という穴をスコップで掘ることを考えるとこれの方がまだましか・・・。
↑画期的?な穴堀機 ↑作業は進む
植えている苗木は、フクギ・テリハボク・ハイビスカスの3種類だ。ハイビスカスの中には、
すでに花を咲かせる粋な奴も数本見受けられる。
↑防風林の苗木 ↑ハイビスカスの花
植えられた苗木は、風で倒れないように竹に縄で縛りつける。これを一本一本やっていく。
↑縄で縛る ↑使用する縄
苗木が植え終わると今度は、外柵に暴風シートを巻いていく。
これで苗木が育つまでは、がっちりガードだ。
↑暴風シートを巻いていく ↑ほぼ完成
防腐シートが巻き終わると最後に扉(出入り口)を取り付けて完成だ。
↑出入り口の扉を作る ↑お世話になった方々
次号は 『どなん・バイト編~灯里の場合』 を掲載する予定です
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( 3 / 495 )ちゃり旅新聞 第七十五号 『どなん・バイト編~灯里の場合』
Saturday, January 7, 2006, 02:06 PM - ちゃり旅新聞 71号~80号
2005年11月9日~12月15日牧場でアルバイト募集の看板を見たその日の内に、社長の面談を受けた。
私の熱意に負けた社長は、異例の一ヶ月契約を承諾した上で採用して下さった。
本当は少なくても一年は働かなくてはいけないらしい。社長様ありがとうございます!
牧場の仕事はまず牛の観察だ。140頭程の数全てを見る。体調はもちろんのこと、
発情した牛がいないかチェックする。子供が生まれないと商売にならないため、
発情した牛のチェックがこの仕事のメインなのだ。人工授精をしているので、
雄がいない檻の中で興奮した雌が雌の背中にのしかかる光景が繰り広げられる。
↑牧場 ↑牛舎
うんち掃除は慢性鼻炎の私には、臭さより腕の筋肉痛の方が大変でした。
孔子のみるくをあげる時にさえ、腕力が必要。吸い付く力が凄いんです!
↑うんち掃除 ↑仔牛にミルク
メインディッシュは一輪車で運ぶ配合肥料とバルギです。
一日に一輪車12杯分の配合肥料と、バルギ10袋が牛のお腹の中に消えます。
↑配合肥料 ↑一袋20㎏のバルギ
デザートはロール。これは、干草をトイレットペーパー状にしたもので、
これを手で転がして広げて与えます。
とても重たくて、一人で転がせるようになった頃には手首が腱鞘炎になりました(泣)
母親は赤ん坊を匂いで識別するので、雨の中、出産した母親は自分の子が分からなくなり、
我が子を蹴り飛ばしていました。
以上、牧場の現実をお送りしました(^_^)
↑ロール ↑親子
次号は 『どなん・ありがとう福仲さん編』 を掲載する予定です
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( 3 / 453 )ちゃり旅新聞 第七十六号 『どなん・ありがとう福仲さん編』
Saturday, January 7, 2006, 03:13 PM - ちゃり旅新聞 71号~80号
2005年11月9日~12月15日防風林を植えるアルバイトでは数多く(といっても10人弱だが)の方にお世話になった。
その中で特に仲良くしていただいたのが、今号のタイトルにもなっている福仲さんだ。
夕飯をごちそうして頂いたり、スナックに連れていってもらったりした。
夕飯・スナックでの飲みは、同じアルバイトで共に汗を流した友人、ハッシーも一緒。
彼も日本一周チャリダーだ。
↑福仲さん(左)と、ちょうじさん(右) ↑ハッシーと一緒に出勤
私(小倉)は酔っていて覚えていないのだが、スナックで飲んでいるときに、
灯里が福仲さんに凧作りを教えてもらう約束をしたらしい。
後日、仕事が休みの日に福仲さん宅へ。凧作りで使用する竹を切ってきてくれてあった。
使う竹を選び、ノコギリで使う大きさに切る。次に斧で割り、細く薄く削る。職人芸だ。
↑ノコギリで切る ↑斧で割る
必要な竹骨が出来上がったら、仮組み。そして糸できれいに縛っていく。
紙は薄くて丈夫な特殊な紙を使用。わざわざ文房具屋さんまで買いに行ってくれました。
↑仮組み ↑のりで紙を貼る
紙を貼ったら、凧のまわりに模様を描く。白い紙に朱色の模様がよく似合う。
↑紙貼り完了 ↑模様を描く
凧の頭にはまわりの模様と同じ、日の丸が鮮やかになびく。あとは糸を張って完成だ。
絵の具が乾くまでの間にと、鍋を用意していてくれた。鍋の具材は福仲さんが釣ってきた魚だ。
とても美味しかったです。ありがとうございます!
↑日の丸製作中 ↑福仲さん手作り鍋
与那国島一周駅伝というイベントが行われた。土曜日なのだが、
福仲さんが50代代表として出る事になったので、仕事は休み。2連休だ。
カメラを片手に福仲さんの勇姿を撮りに行った。
集落対抗で、一区は中学男子、二区は中学女子といった感じで、福仲さんはアンカーだった。
4週間のアルバイト生活が終わり、石垣島へ戻る日。福仲さんや、
仕事でお世話になった方々が見送りに来てくれた。とても嬉しかった。
また与那国島へ必ず来ようと思う。ここは良い島だ・・・。
↑与那国島一周駅伝 ↑見送りに来てくれた皆さん
次号は 『ようやく石垣島を走る』 を掲載する予定です
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( 3.1 / 477 )ちゃり旅新聞 第七十七号 『ようやく石垣島を走る』
Sunday, January 8, 2006, 12:04 PM - ちゃり旅新聞 71号~80号
2005年12月16日~12月19日与那国島から石垣島へ戻ってきた。ゲロ船(揺れが大きすぎる船)に4時間以上も揺られ、
頭が重い。与那国島で、サンシンに影響され、灯里はウクレレを購入。
理由はサンシンやギターより軽量でコンパクトだからだ。
石垣のホテルに泊まった時も、テラスでウクレレの練習。3日でウクレレが弾ける!
という内容の本を買ったが、さてどうだろうか?
同じホテルに泊まっていたお姉さん(ピーちゃんというニックネームらしい)が
手編みのコースターを作ってくれた。しかも2人分も!
さらにシチューを大量に作り、宿泊者の方々にごちそうしていた。なんていい人だ!
↑ウクレレ練習中 ↑手編みのコースター
石垣島も今までどおりに時計まわりに走る。天気は良くない。
唐人墓を見学した頃には雨が降り出した。雨宿りをし、
この日は近くにあるキャンプ場を利用する事にした。
↑唐人墓 ↑楽園キャンプ場
翌日は曇り。いつ雨が降り出してもおかしくない空だ。この日は川平湾にある川平公園でキャンプ。
灯里のウクレレに対抗し、オカリナを土産屋で購入。東屋の下、2人もくもくと練習する。
↑川平湾へ向けて走る ↑川平公園からの眺め
やっと晴れてくれました。石垣島の最北端へは気持ちよく走れた。やっぱり晴れが一番!
↑石垣島 ↑石垣島
↑石垣島の海 ↑最北端目指して
次号は 『強風の平久保崎』 を掲載する予定です
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( 3 / 476 )ちゃり旅新聞 第七十八号 『強風の平久保崎』
Sunday, January 8, 2006, 01:53 PM - ちゃり旅新聞 71号~80号
2005年12月19日~12月23日石垣島の北東にのびた平久保崎。天気が良い時に来れてよかった。
多少雲が多いものの、雨さえなければ良し。
↑平久保崎 ↑平久保崎灯台
灯台を見学した後、近くの岩に登って自転車を停めてある駐車場を見下ろす。
風が強く、とても気持ちがいい。足元の岩を見た時に、不思議なモノを発見した。お地蔵さんだ。
なぜこんな所に?しかも小指より小さいし、岩と岩の間に隠れるように置かれていた・・・。
↑平久保崎 ↑お地蔵さん?
岬であるせいか風が強かったが、景色が良いのでここでキャンプする事にした。
風がやたらと強いので、テントの端に石を積み、飛ばされないようにした。
翌日も雲が多く、朝日は見られなかったが、雲間から海に射す光はとても美しかった。
昼ごろには太陽が顔を出し、少し暑いくらいだった。日差しを浴びる街路樹の道をひた走る。
↑平久保崎の朝日 ↑石垣島の道
予定ではこの後すぐに沖縄本島へ渡るハズが、船の欠航により延期。買い物をしたり、
浜辺でウクレレを弾いたりして過ごす。週に2便しかないのに欠航とは・・・。
↑新しいウエストバッグを購入 ↑浜辺でウクレレ
次号は 『竹富島のピヨピヨさん』 を掲載する予定です
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( 3 / 505 )ちゃり旅新聞 第七十九号 『竹富島のピヨピヨさん』
Sunday, January 8, 2006, 03:05 PM - ちゃり旅新聞 71号~80号
2005年12月24日~12月~25日那覇行きの船が出るまでの間、時間がかなりあまった。石垣島もう一周できるくらいの時間だ。
という訳で、竹富島へ渡る。石垣島からわずか10分の船旅。一泊二日で竹富島探索。
港近くにある、ゆがふ館という所から観光スタート。竹富島の歴史や、観光地などが分かる。
↑竹富島に到着 ↑ゆがふ館のシアタールーム
予約しておいた民宿に荷物を置き、島観光へ。白砂の道を走って行くと、
水牛車が観光客を大量に乗せて横切っていく。お金があれば乗りたいんだけどなぁ。
↑竹富島の道 ↑水牛車
しばらく走ると、人だかりを発見。なごみの塔だ。早速列に並び、塔に登る。
塔の頂上からは竹富島が一望できる。きれいな白砂の道に、赤瓦の家々が立ち並ぶ。
なんかホットするような景色だ。
↑なごみの塔 ↑塔からの眺め
島の北にある海岸へ行く途中に声をかけられた。近くの牧場で働いている人で、
元チャリダーのピヨピヨさんだ。牛の世話が性に合っている事に気が付き、
ここで働いているらしい。古びた自転車にはサイドバッグが付いたままだった。
↑竹富島の牧場 ↑ピヨピヨさんと自転車
島の西側、コンドイビーチはきれいな所だと聞き、自転車を走らせた。
雲が多く夕日こそ見られなかったものの、海は期待通りに美しく、それだけでも満足だった。
夜、静かな町を散歩してみた。商店の前にサンタがいて、クリスマスである事を思い出した。
去年のクリスマスは・・・仕事、だったかな?
↑コンドイビーチ ↑夜の散歩
次号は 『残波岬でウクレレを!』 を掲載する予定です
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( 3.1 / 487 )ちゃり旅新聞 第八十号 『残波岬でウクレレを!』
Wednesday, January 11, 2006, 10:43 AM - ちゃり旅新聞 71号~80号
2005年12月28日~12月29日予定より5日遅れて石垣島に別れを告げ、沖縄本島の那覇港へ出港した。
お昼に出港した船は翌朝6時半に那覇港へ到着。わずかだが気温が下がったのが分かる。
与那国島で知り合った日本一周チャリダーの西川さんが那覇港の待合所で出迎えてくれた。
しばらく話し込んだ後、彼が泊まっているゲストハウスに向かう。
以前我々も利用したのだが、その時に灯里が忘れ物をしていたのだ。
ゲストハウス、BASE・OKINAWAでは、オーナーさんが忘れ物をきちんと
保管していてくれた。受け取り、少し休んでから出発。
交通量の多い道を走り、都会に戻ってきた実感が湧く。すでに八重山が懐かしい。
↑西川さん(左)と、BASEのオーナーさん(右) ↑沖縄の道
年内に鹿児島市内に着く予定だが、那覇行きの船の欠航があったりと、時間はギリギリだ。
那覇から沖縄本島北部にある本部港まで2日で走る。
並みのチャリダーならば1日あれば走ってしまう距離だが、女連れではきつい距離。
天気も良くないので2日でもきつかったりする。
初日のはなんとか中間地点の残波岬まで走れた。ここでキャンプだ。
灯台を見学し、断崖絶壁の岬を見てまわる。
そして、海に向かって灯里はウクレレを、小倉はオカリナを吹く。・・・特に意味はありません。
夜にとうとう雨が降り出し、朝まで降り続いた。雨の中を走り、本部港へ。
海岸沿いの道は歩道が広く走りやすいが、雨に加えてアップダウンが多く、なかなか進まない。
途中、安井さんという方に声をかけられ、喫茶店で雨宿り。『環境と健康を優先し、
人類と地球が共存・共栄できる持続可能なライフスタイル』に力を入れている人だ。
Lohas(Lifestyles Of Health And Sustalnablty)というらしい。
簡単に言うと、環境を大切に考える人・・・でいいのかな?(自分なりの解釈)
色々な人からタスキにメッセージを書いてもらっているらしく、我々も書かせていただいた。
↑残波岬灯台からの景色 ↑ウクレレとオカリナ
↑残波岬灯台 ↑安井さん(左)
名護市に着き、天気が悪い中オリオンビールの工場を見学。
ビールの造り方を一通り見学した後、美味しいビールを試飲。泡まで美味く、最高だった。
↑オリオンビール工場 ↑試飲中
名護市を過ぎてから雨が上がり、国道を走る車の数は極端に少なくなった。
どんよりとした曇り空を眺めながら、走る。明日の朝の船で鹿児島へ渡る。
これで長かった沖縄ともお別れだ。
↑本部港へ ↑本部港へ
次号は 『2006年は小吉で』 を掲載する予定です
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